「闇の女神が世界を渡ったときの言い伝えだ。鐘っていうのはこの城に一つだけあるあの鐘のことだな」
「一回も鳴ってない鐘?」
「ああ。だけど闇の女神にまつわる鐘として、手入れは欠かしたことが無いはずだ」


深沙にいたときに感じた疑問が解けたわけだが、無の時間という意味がわからない。
頭に手を当てて考え始めた未音を見て、昴が悲しげに微笑んだように見えた。



「本当にごめんね、昴」
「未音が謝ることはないさ。未音を勝手に召喚したのは俺たちなんだから、未音には元の世界に帰る権利がある」


悲しげな声が昴の意思が別の場所にあることを示していたが、それでも昴の態度は揺らがない。
感情を抑えるようにしてうつむいた昴を見るのがつらくて、わざと話題をそらした。



「無の時間っていつのことだろう?」
「さあな、誰も見当がつかないんだ。だからあの鐘は鳴らさない。
 いつが無の時間かわからない以上、下手な時間に鐘を鳴らしたら女神が還ってしまうかもしれないからな・・・」
「そっか・・・」


それ以上言葉を続けることができなくなって、二人して黙り込んだ。
目を伏せて昴から逃げるようにして無の時間という言葉の意味を考える。



無の時間といわれても、未音にはまったく見当もつかない。
無の時間は存在しない時間という意味なのだろうか。
だがそうすると、未音が帰る望みはまったくなくなってしまう。



(きっと違う・・・)


女神は無の時間に鐘を鳴らして世界を渡ったという言い伝えなのだから、無の時間が存在しない時間という意味ではないはずだ。
存在しない時間に鐘を鳴らすことなど、いくら女神でも不可能だろうから。



(じゃあなんだろう。無・・・存在しない・・・まっさら・・・・・・ゼロ?)


連想ゲーム状態になっていた頭で何かが引っかかった。
時間を表すのに使われるのは数字。





無を示す数字は――――






「夜中の12時のことじゃない!?」
「12時?」


怪訝そうに昴が首をかしげる。
この世界には時間という概念はもちろんあるが、未音の世界ほど明確に時間を示す言葉はない。
朝や正午、夕方など大雑把な言葉で時間を示している。
それでもさほど不便さを感じなかったのだから、本当は明確な秒単位までの時間など必要ないのかもしれない。



「えーっと、真夜中? 日付が変わる時間のことを夜中の12時って私の世界では言ってたの」
「それがどうして無の時間なんだ?」


さらに首を傾げられて、どう説明すればいいのかしばし迷う。
迷ったのにごく単純な形にしかうまく説明がまとまらなかった自分が少し情けない。



「12時のことは0時とも言うの。ゼロって無の状態のことでしょ?」
「なるほど、それで無の時間か」


考えれば考えるほど、無の時間は0時以外にありえないような気がしてきた。
あと問題になるのは回数だ。
0時に鳴らす鐘の回数は、いったい何回が正しいのだろうか。
必死になって頭を働かせて、ようやくひとつの結論にたどり着く。



「とりあえず24回鳴らしてみない?」
「24回? 何でそんなに多く鳴らす必要があるんだ?」
「0時は12時、そして24時でもあるの。
 12回で帰れるかもしれないけど、とりあえず24回鳴らしてみるつもりでいればきっと失敗しないわ」



最初から多く鳴らすつもりでいれば失敗することは無い。
もし12回だけで帰れれば、それは運がよかったというだけの話だ。



見当もつかなかった帰るための方法が、多少あやふやな部分もあるとはいえ思いついた。
元の世界に帰れるという思いが、未音の顔に自然な笑みを浮かべる。



「帰れるかもしれないんだ・・・」


深沙にさらわれたり戦争が起きそうになったりで忘れていたが、やはり元の世界に戻れるのは嬉しい。
一度は途切れたかのように見えた 『篠宮未音』 としての人生が再び動き出すのだ。
ずっと見続けた将来の夢、苦労して手に入れた新しい環境。
思えば新居の整理もまだ途中だった。



「嬉しい・・・」
「新月は三日後だったな。詠軌に鐘を鳴らす準備をするように頼んでおく」
「ごめんね、昴。本当にありがとう」


頭を下げた未音に、昴が気にするなというように微笑んだ。
そのままゆっくりと感触を楽しむように髪を撫でてから、昴は未音を残して書庫を後にした。





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