未音が元の世界に帰るかもしれないという知らせは瞬く間に広がった。
昴も詠軌も積極的に噂を流す性格ではないのだが、二人の会話をたまたま聞いていた召喚士がいたらしい。
彼から見る間に広がった噂は、残された三日間という時間を未音から奪う結果になった。



実際に深沙との関係を修復する計画を立てた未音は、いまや女神以上の存在だ。
神として崇められることはないが、綺羅国の誰もが未音のことを大切な存在だと思っている。


その未音が、元の世界に帰るという。
噂を聞きつけた人々は未音のもとに殺到し、口々に質問攻めにしてきた。



未音も彼らのことを無下にあしらうこともできず、連日人々の前に立った。
本当に帰ってしまうのかという問いかけには頷いて答え、帰らないでほしいという要望にはただ首を振った。

そんなことを繰り返すうちに、気づけば三日間が過ぎていた。





「実感わかないなぁ」


夜空には満点の星が散らばっているが、降り注ぐ金色の光は無い。
新月の夜が来て、ようやく人々から解放された未音はいつもの中庭に来ていた。
鐘の音が一番綺麗に聞こえるのが、慣れ親しんだこの中庭だと聞かされたときは不覚にも運命ではないかと思ってしまった。



「未音? ここにいたのか」
振り返らなくても誰が声をかけてきたのかはすぐにわかった。
だから振り向かずに、視線は星空に固定したまま動かさない。



「なんか久しぶりだね。こうやってここで二人で話すの」
「そうだな」


深沙にさらわれる前の日課は、深沙から戻ってきてからの日課にはならなかった。
帰ってきた直後は戦争の準備に追われ、そのあとは書庫にこもっていた。
帰るための方法が思いついてからは、人々の質問攻めだ。



あともう少しで日付が変わるからといって逃げ出してきて、ようやく今、昴と二人きりになれた。


「それは召喚されたときの服だよな?」
「え? ああ、うん。詠軌がとっといてくれたんだって。さっき渡されたから着替えてきたの」


白いセーターにチェック柄のスカート。
何の変哲も無い格好だが、今まで黒いワンピースばかりだったこともあってなんだか変な感じがする。



「変かな?」
「いや、そんなことは無い。未音は白が似合うな」


こういうことをさらりと言えてしまうのは、昴が別の世界の住人だからだろうか。
それとも、単に昴の性格の問題だろうか。
どちらかというと後者な気がするが、それがわかったからといって気恥ずかしさは変わらない。



きっと今自分の頬は赤く染まっているのだろうと思いながら星空を眺めていると、不意に髪を撫でられた。
予想外の昴の行動に身動き一つとれずにいると、そっと頬に手を添えられてゆっくりと昴のほうを向かされる。



「あと少しで未音はいなくなってしまうんだな」


昴の言葉のとおり、もうすぐ日付が変わる。
一度も聞いたことのない鐘の音が響きだすのも、もうじきのはずだ。



「昴・・・。この方法で帰れるっていう保証があるわけじゃないんだよ?」
「いや、たぶん未音は帰ってしまう。これは俺の勘だけどな」


本当は未音も昴と同じことを感じていた。
鐘が鳴り終わったとき、きっと自分は元の世界に帰ることができる。
今までは忘れ去っていたあちらでの生活が現実に近づいてきている気がするのだ。



だが、もう一度こちらに戻ってくることができるのか。
そのことに関してはどんな勘も働いてくれない。



「未音が帰ってしまったら、もう会うこともなくなるのか」
「そんなのいや!」


帰りたいと言い、その方法を見つけて実行に移そうとしている。
そんな自分が言うのはわがままだとわかっているが、それでも言わずにはいられなかった。



昴に二度と会えなくなることはいやだ。
一緒にすごした時間は少ないかもしれないが、昴は今の未音の大半を占めるといっても過言ではない存在になっているだから。



「俺だっていやだ! だけど、未音をこちらに縛り付けることもいやなんだ
 俺が好きなのは、自分の道をまっすぐに歩いていく未音だから!」











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