ふわふわとした金色の光が視界に漂いだすと同時に、心の中でカウントダウンを始める。
一つ、二つと数えていって三つまでいくと同時に声をかけられた。



「未音、またここにいたのか?」
「ちょうど三つ、昨日と一緒」


思わず笑うと、笑われている理由がわからない昴は憮然とした表情を浮かべた。
その表情が余計におかしくて、読んでいた本の存在も忘れてしばらく笑ってしまった。




「帰る方法を探しているんだな・・・」


未音が広げた本のタイトルを見た昴が小さくもらした言葉に、未音の笑いが止まる。
本と昴に交互に視線を投げてからため息をつく。

悲しげな昴の声を聞くのはつらいが、これは未音にとっても譲れない一線だった。


「そりゃ、ずっと帰る方法を探してたんだもん。いまさらあきらめられないよ」
「どうしても帰りたいか? 帰る方法が見つかったら、俺を置いて帰ってしまうのか?」


昴にこう言われて迷わないはずがない。
未音自身、ずっとこの世界にいてもいいのではないかと思うときがある。

神として扱われることはなくなったし、詠軌をはじめとしてこの国の人たちはいい人ばかりだ。
鈴音と一緒に町を歩く約束もしたし、深沙の葵や沙羅たちとももっと一緒にすごしてみたい。



それになにより、この世界には昴がいる。
かけがえの無い人がこの世界にはいるのだ。


それでいいのではないかと、自分自身に何度も問いかけた。

頷きたいと思う自分がいる反面、どうしても納得できない自分がいる。


元いた世界を捨てることは 『篠宮未音』 を捨てることだ。
両親や学校、自分が目指していた将来の夢。
それら全てを捨てることに、どうしても納得ができない。




昴への想いだけが未音を構成する要素というわけではないのだ。



「わかってほしいの。私はこの世界では篠宮未音ではいられない。両親だっているし、ずっと目指してた大学にも受かったばっかりなの。
夢へ向けてやっと一歩踏み出せたところだったの」

「・・・俺のことはどうでもいいのか?」


そんな捨てられた子犬のような目で見ないでほしい。
決めたはずの心が揺らぎそうになってしまうから。


普段は強い光を宿しているはずの金色の瞳をなるべく見ないようにしながら、未音は言葉を続けた。




「どうでもいいはずない! 昴のことは好きだし、とても大切だよ! でもね、昴のために全てを捨てる勇気が無いの・・・」


昴への想いが少ないというわけではないことだけはわかってほしい。
想いが足りないのではなく、勇気が足りないのだ。
今までの未音の人生を捨てる勇気が無い。



これは弱虫だと責められることだろうか。
昴なら責めないでくれると思うのは、未音が昴に甘えている証拠なのだろうか。




「そうか・・・未音には、元の世界での生活がちゃんとあるんだよな」
「うん・・・」



これは未音の勘なのだが、自然に元の世界に戻れるということはありえない気がするのだ。
絶対に帰れないとは考えたくないが、未音が方法を探して実行しなければ元の世界には帰れない。
こちらの世界には未音を召喚してくれる人たちがいたが、あちらの世界では誰も未音のことを呼び寄せてはくれないのだから。



「あのね、蒲英に面白い話を聞いたの」

「蒲英に?」
「そう、深沙での星にまつわる言い伝え」


昴の視線が続きを促してくれる。
未音の言い分をわかってくれる昴の優しさが嬉しかった。



「星は月に呼び寄せられ、月の無い夜に還る。それを聞いたときに思い出したんだけど、私がこっちに召喚された日って満月の日だった気がするんだよね」


普通なら月齢などまったく気にしないが、未音の部屋に置かれているカレンダーは月齢表記があるものだった。
本当はもっとかわいらしいカレンダーを買うつもりだったが、引越しでいろいろ物入りになったために家にあったカレンダーを持ってきたのだ。



あの時は気に入らない存在だったカレンダーだったが、今はその存在に感謝している。



「確かにそうだったな。未音が来たのは満月の日だった」
「でしょ? で、詠軌に三日後が新月だって聞いたの」
「それで朝から晩まで書庫にこもってたのか」
「何か見つからないかなぁと思って」


蒲英から聞いた言い伝えには確かに納得するものがあったが、新月だけが元の世界に戻る条件ではない。
もし新月の日に帰れるのなら、未音はとっくに帰れている。
三日後に迎える新月は、未音にとってこちらで迎える二度目の新月なのだから。



だが、新月というのは条件の一つに他ならないはずだ。
ならば、もう一つの条件は綺羅国側にあるのではないか。



闇の女神が違う世界に渡った方法。
それと新月を組み合わせれば帰れるのではないかというのが、未音なりに必死に考えて出した結論だ。



「闇の女神か・・・」
「昴は何か知らない?」


未音が探しきれていないことも、昴なら知っているかもしれない。
それに今までずっと煌として過ごしていた昴だからこそ知っていることがあるのかも。




「闇の女神は無の時間の鐘を響かせて世界を渡った」

「え?」


いつもと同じような調子の昴の声だったが、その言葉が意味することがわからない。
何度も頭の中で反芻してから、食い入るように昴を見つめる。
見つめた先にある金色の瞳は、悲しげにゆがんでいた。






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