にぎやかに笑いさざめく人々の熱気が心地いい。
戦場という場所の都合上、豪華な食事というわけにはいかないが、そんなことは関係なしにみんなが楽しそうに笑っている。
笑いさざめく人たちに国境はなく、綺羅国も深沙も関係がなくなっているのが何より嬉しかった。



「なんか変な感じ・・・」


確かにうまくいって欲しいと願ってはいたが、ここまで計画通りに進むとは思わなかった。
昨日までは神として遠巻きにされていた昴と蒲英が、いまや兵士たちに囲まれて場の中央にいる。
二人ともごく自然な表情で笑っていて、神様らしい神々しさはかけらも感じられない。


自分だけが見ていた 『昴』 が兵士たちの前にいるのを見ると、なんだか妙な気分になった。



「独占欲か?」
「はあ!?」


誰もいないと思っていた隣の空間に、いつの間にか蒲英が立っていた。
昴と一緒に人ごみの中央にいると思っていたのに、彼の神出鬼没具合には感心を通り越して呆れてしまう。



それとも、未音に昴しか見えていなかったということなのだろうか。


「蒲英! なんでいきなり隣に・・・っていうか、独占欲って何言ってるの!?」
「何もかもうまくいったのに、なんかやな感じって顔してるから。昴がみんなのものになったのが嫌なんじゃないのか?」
「そんなこと・・・」



無いと言い切れない自分の弱さに腹が立つ。



運命には従わないと決めたときから、この想いは封じ込めることを覚悟したのに。
蒲英の言葉を否定するどころか、まるで肯定するような反応になってしまう。



「認めちまえば? 好きなんだろ、昴のこと」


どこか遠くに視線を投げながら蒲英は未音が必死になって隠している部分に触れてきた。
隠しきれていないのはわかっていたが、ここまでストレートに言われると厳重に閉じたはずのふたが開いてしまう。
未音の想いをたくさん封じ込めた、心の奥底にある箱のふたが。



「私、昴のことが・・・・・・!」


開いてしまったふたは戻ることなく、気がつけば想いだけがとめどなくあふれてきた。
封じ込めたぶん想いは大きく育ってしまったようで、隣に昴がいないことに息苦しさすら覚える。

なんと言ってごまかそうと、いまや昴は未音にとって必要不可欠な存在になっていたのだ。


「じゃあ、何だって昴から距離を置こうとするんだよ?」
「だって! いまさら煌と燐の神話に従えないじゃない!」


結ばれることが定められた光と闇の神。
未音と昴は神ではない、人間の自分たちのためにずっと歩んできたのだ。
それをいまさら、神話のとおりに結ばれることなどできはしない。



いつの間にかあふれてきた涙をぬぐいながら感情のままに言葉を重ねる。
泣き顔をじっと見られることよりも、蒲英の瞳に浮かぶ色に心が騒いだ。

金色の瞳には呆れが色濃く浮かんでいたのだから。


「お前ら、馬鹿じゃないか?」
「なっ・・・!」


ため息を隠そうともせずに言う蒲英に、未音は完全に言葉を失った。
散々悩んだことなのに蒲英にばっさりと切り捨てられて、怒りよりも困惑が未音を襲う。
蒲英の言葉をゆっくりとかみ締めていくうちに、困惑が怒りへと姿を変えていった。



「馬鹿って何!? なんでそういうこと言うわけ!?」
「馬鹿に馬鹿って言って何が悪い!」


まるで子供のけんかだ。
普段の未音と蒲英なら決してやらないような言葉の応酬を繰り返した後、周りの視線が痛くなってどちらからとも無く黙りこんだ。

にらみ合いを続けることしばし。先に口を開いたのは蒲英だった。


「未音はさ、今更神話を気にするのか?」
蒲英の言葉からはそれまでの棘っぽさが抜けていた。
どこまでも優しく柔らかく響く声に、口論の間止まっていた涙が再びあふれそうになる。


だって私たちはずっと神話を否定してきて・・・」
「未音の言いたいことはわかる。神話に従うのは今更だって言うのもわかる。けどな、神話を気にすること自体が今更だって俺は思うけどな」


諭すような蒲英の言葉が未音の心にじんわりと染み渡っていく。
確かに、蒲英のいうとおりだ。
煌と燐の神話に従うのが嫌で自分の気持ちを押し殺そうとしていたが、神話を気にすること自体が今更なのかもしれない。



「神話を気にして自分の気持ちを殺すな。神話をぶっ壊してくれた未音が、今更神話に振り回されるなよ」
「そう・・・だね。そうだよね」


召喚されて以来ずっと神話を否定してきたが、実はもっとも神話に振り回されていたのは未音自身だ。
神話を否定するために昴への想いにふたをして、自分の気持ちを殺そうとしていた。

たとえ昴のことが好きだとしても、未音が未音自身でしかないことは自分が一番よくわかっていたはずなのに。


「ようやく納得したか」
確認するような蒲英の言葉に未音がこくりと一つ頷く。
それを見て満足そうに笑った蒲英は、不意に視線を背後へと投げた。



「昴! 感謝しろよな!」


どくりと心臓がざわめいた。
後ろから近寄ってくる足音と、蒲英の呼びかけの言葉の意味を考えるまでも無く、そこに立っているのはただ一人でしかありえない。



「昴!?」
振り返ろうとした体は後ろから優しく抱きしめられて動きを封じられた。
視界の隅に漂う金の光と、やんわりと伝わってくる彼のぬくもり。




「未音」



この声で名前を呼ばれるだけで、幸せすぎて壊れそうになる。
今までこのぬくもりに身をゆだねることを拒否できていた自分が不思議だ。
昴の腕の中は、他のどこにも無い幸福に満ちた場所なのに。



抱きしめられていることを意識して一気に頬が赤く染まったが、蒲英には感謝こそすれ恨むことなど思いもしない。
そっと視線を動かして彼の姿を探したが、昴と同じ色彩は見当たらない。
昴に抱きしめられている未音の視界が十分に動かないことが原因か、それとも気を利かせて離れていったのか。
おそらく後者だろうと思い、あとでちゃんとお礼を言おうと心に決めた。



今はただ、昴の存在だけを感じていたい。
そう思うのはきっとわがままではないはずだから。



「昴、ごめんちょっと離して?」
「えっ? ああ、すまない」
名残惜しさを一杯に感じながら、昴から身を離す。
久しぶりに正面から顔を合わせたような気がした。



金色の瞳に自分の姿が映るのが気恥ずかしくて、それ以上に嬉しくて全身がふわふわと浮いているような気分になる。
ずっと抱きしめられたままでいたかったが、この言葉だけはきちんと正面から伝えたい。

震えそうになる声を何とかなだめて、大切にしまいこんでいたはずの言葉を音に乗せる。



「私ね・・・昴のことが・・・・・・」
「愛してる、未音」



一瞬で世界がどこかへいってしまった。未音が感じられるのは昴の声と、こちらを見つめてくる金色の瞳だけ。
人々の笑いさざめく声や、穏やかに流れていく風も何も感じられない。

全身から力が抜けてその場に座り込みそうになった。


「未音!?」
足から力が抜けた瞬間、昴に腕をつかまれて何とか体勢を立て直すことができた。
だが、足はがくがくと震えてしまって使い物にならず、結局は昴の腕に支えられて立っているようなものだ。



理性が波のように引いていって、残ったのは愛情という名の本能。



「なんで・・・先に言っちゃうの?」
「え?」
「私も昴のことが好き、大好き!」


胸の中に満ちた想いをあらわすのに、こんな言葉だけでは足りない。
伝えきれない想いがもどかしくて、唖然とする昴に勢いよく抱きついた。
二人の間の距離がゼロになり、想いも完全に重なってしまえばいいと思った。



「未音」
名前を呼ばれて引かれるようにして顔を上げる。
煌めく金色の瞳に自分の姿が映っているのがはっきりとわかる。
きっと自分の漆黒の瞳には昴の姿が映っているのだろうと思うと、なんだか嬉しかった。



今、昴の世界にいるのは未音だけで、未音の世界にいるのは昴だけなのだ。
お互いがお互いの世界を独占している。
こんなに幸せなことがあるだろうか。




ごく自然な動作で唇が重ねられる。
全身に満ちる幸福感を、今度は素直に受け入れることができた。






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プチ・あとがき





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