未音たちの計画を知らされていた一部の兵士たちによって、両国の一般兵たちが一箇所に集められている。
鈴音たちによると、彼らはそろそろ目覚めるそうだ。
小山のようになった一段高い部分に立つ昴と蒲英を見つめながら、未音の中には待ちきれない思いがどんどん膨らんでいった。



これから二人は、ここにいる兵士たちに自分たちが神様ではないことを説明する。
昨日まで未音の胸を占領していた、誰にも納得してもらえないかもしれないという思いはいまや影も形もなくなっている。


(大丈夫だよね)



きっと今の彼らを見て、神だと言って崇めることのできる人間などいないはずだから。





「ん・・・?」


一人の兵士が小さく動いた。それに呼応するように、綺羅国の兵も深沙の兵も少しずつ起き上がっている。
最初は寝ぼけ眼をこすりながら、徐々に驚きに瞳を見開いて。


「いったい何なんだ!?」
「戦争はどうなったんだ!?」


口々に叫ばれる疑問に、綺羅国と深沙の違いは無い。
どちらの兵も自分の国が負けたと思い込んでいて、このまま放っておいたら乱闘騒ぎに発展することは確実だ。



「静まれ!」


完全に重なった声は従わずにはいられないような強い威厳を持っていた。
反射的に身をすくめて口を閉じ、声の主を求めて兵士たちが視線をさまよわせる。
彼らの視線が二人の姿を捉えるまで、さほどの時間はかからなかった。



「煌さま!」
「我らが守護神!」


守るべき対象を見つけた兵士たちは歓喜の声を上げ、次にいぶかしげな顔になる。
なぜ二人が並んで立っているのか、しかも顔を見合わせて楽しげな笑みを浮かべているのかがわからないのだろう。

二人の斜め後ろに立った未音も、兵士たちと同じようにいぶかしげな顔で首をかしげていた。


「昴たちが笑うのはわかるけど、詠軌はなんで笑ってるの?」


おそらく二人はあまりにもぴたりと重なりすぎた自分たちの声に笑いを抑えられなくなったのだろう。
以前、未音も同じことをしたことがある。



だが、隣に立つ召喚士長も、こらえきれないとでも言うように小さな笑い声をもらしていたのだ。
まじめな詠軌のことだから、笑っている二人にため息をつくと思っていたのに。



「いえ、兵士たちの反応が大臣たちとまったく同じなので・・・つい」


くつくつと楽しげに笑う詠軌を見て、自然と力が入っていた未音の肩から力が抜けた。
詠軌が語ったのは自分がさらわれたという知らせが城に入ったときのことに違いない。






ならば――――





「大臣たちもちゃんと説得できたんだから、今回も大丈夫よね」
「もちろんです」


顔を見合わせて一つ頷いて、目の前に立つ二人に視線を移す。
ようやく笑いを収めた二人が、あっけに取られた兵士たちに向けて話し始めていた。


「深沙と綺羅の両兵たちに聞いてほしい!」
「俺たち・・・、綺羅国の煌と深沙の月の神は存在しない!」


一拍遅れて大きなどよめきが広がっていく。
否定の言葉を叫ぶもの、目の前に立つ彼らの言葉を受け入れまいとするもの。



だが、ひときわ大きく響いたのは自国の神の名を叫ぶ声だった。


たった今否定されたばかりの神の名を呼ぶ兵士たちの姿に、大丈夫と確信したはずなのに言いようのない不安がよぎる。

信仰は根拠をはっきりと示すことができない分、根が深いものだと聞いたことがある。
神様の存在を証明することができる人などいないが、存在しないことを証明することができる人もまたいないのだ。
だからこそ、人々は盲目的に神を信じるようになってしまう。


現実から目を背けた人たちの眼を開かせることなど、本当にできるのだろうか。




「やっぱり根深いな」
「まあ、仕方ないだろ? 簡単に否定できてたら俺らはとっくに神やめられてるって」
「確かにそうだな」


昴と蒲英の小声の会話が耳に入ってきた。
兵士たちが相変わらず神々の名前を叫び続ける中でのやけにのんびりした会話に、未音の胸に満ちた不安がすとんと消える。
それどころか、いったい何を心配していたのだろうという気にさえなった。



彼らは神の仮面を捨てようとしているのではない。すでに捨ててしまっているのだ。
後はそれをわからせればいいだけ。



「俺たちは神に見えるか?」


特に強い口調でも大きな声でもない昴の声が、集まった兵士たちの言葉を奪った。
他意の無い純粋な質問に、兵士たちは困惑したように口をつぐんで辺りを見回す。



「見えないよな? むしろ本当はこんな若造のことを神だって思ってるやつのほうが少ないよな?」


畳み掛けるように言って周囲を見回す蒲英は、完全に状況を楽しんでいるように見える。
兵士たちのあっけにとられた顔を順々に眺めていって、その中にかすかとはいえ己の言葉を肯定するような表情を見て蒲英はいかにも楽しげに笑った。


「ここまで素直な反応されるとは思わなかったな」
「蒲英・・・、肯定されてもちょっと微妙な気がするのは気のせいか?」
「いや、たぶん気のせいじゃないと思うぜ?」


まじめな顔をしているくせに、二人の論点はどこかずれている。


「もー無理! おっかしー!」


彼らの会話を後ろで聞いていて、耐え切れなくなってとうとう未音も笑ってしまった。
未音の笑い声を聞いて、昴と蒲英が同時に振り返る。
そして一人は憮然として、一人はからかうようにまったく同じ言葉を口にした。



「笑うなよ」
「笑うなって」
「ふふっ、あはは!」


きれいに重なった言葉にいっそう笑いがこらえられなくなる。
軽やかに響く未音の笑い声に隠れるように、第三者の声がひっそりと響いた。




「俺はずっと神じゃないと思っていた」



声の大きさは未音の笑い声の半分にも満たないだろう。
それでも、昴と蒲英はそれを聞き漏らすことなく捕らえ、未音もすぐに笑いを収めた。



「今言ったのは誰だ!?」
「ひっ!」


大きく響いた昴の声に兵士の一人が身をすくめる。
その兵士のことを食い入るように見つめる昴を蒲英が軽く小突いた。



「うちの兵士を威嚇するなよな、昴」
「あ、悪い。つい・・・」


申し訳なさそうに頭を下げる昴の視線の先にいたのは、蒲英の言うとおり深沙の兵服を着た兵士。
月と星が描かれた腕章をつけているのが印象的だ。



「やっぱりな、お前は俺のこと神じゃないと思ってると思ってたんだ。ずっと俺のそばにいたもんな」


いたずらっぽく笑う蒲英とは対照的に、その兵士の顔はどんどん青ざめていく。


ずっとそばにいたというのだから、彼はおそらく蒲英の護衛係か何かなのだろう。
そば近くに控えて守り続けていたからこそ、蒲英のことを神だと信じることができなかったのだ。
本当の神なら護衛役などいなくていいはずだから。



「なるほど」
「じゃあ案外、俺らのことを神だと思ってないやつっているのかもな」


未音が考えたことを伝えると、昴と蒲英は二人でなにやら相談を始めた。
二人で途切れることなく言葉を交わして、一瞬こちらに視線を投げてよこす。



まぶしいと思った。
こちらを見つめる二対の金色の双眸がまるで太陽のように輝いていて。



人として生きることができる彼らはこんなにもまばゆいのだと思うとなんだか誇らしくて、同時にとても嬉しかった。





「もう一度言う、俺たちは神なんかじゃない。ただの人間だ」
「だけど、ただの人間なりにやれることはやってきたつもりだ。俺も昴も、神の仮面をかぶって何とか国をまとめ、隣国の脅威に耐えようとしていた」
「だが、脅威だと思っていた隣国は脅威でもなんでもなかったんだ。神が治めていると思っていた隣国も、自分と同じ人間が必死になって作り上げた虚像だったんだから」


誠意に満ちた二人の声が戦場に広がっていく。
今ならどんなに小さな音でも聞き分けることができるだろうと思うほどに、場に満ちた静寂が強すぎて耳が痛い。



だが、その中にどこか和らいだ雰囲気を感じた。
さっきまでは不安そうにしていた兵士たちの瞳が輝き始め、ただ一心に話し続ける二人に視線を注いでいる。



「虚像におびえる生活はもう終わりだ。綺羅と深沙はこれからは同盟国としてやっていくんだ。お互いの平和な未来のために!」


昴の言葉が終わると同時に、歓声が戦場にこだました。
さっきとは逆の意味で耳が痛くなったが、未音は自分の頬が自然と緩むのを感じていた。



これでもう戦争は終わったのだ。
そして鏡像におびえる日々もまた終わり、これからは幸せな未来だけを描いて暮らしていくことができる。
ここにいる兵士たちはもちろん、町で戦争の様子を固唾を呑んで見守っている人たちも。






そして――――





「俺たちももう神じゃない。これからは人として国を治めていきたいんだ!」
「俺らが神じゃなくてもついてきてくれるか!?」


二人の問いかけに、兵士たちの歓声がその答えを告げていた。







この時の二人の言葉は、後の世に 『二つの太陽による演説』 として語り継がれることになる。
神話にすがって人々が生きていた時代の終焉、という言葉と共に。



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