「くっ、あはは!」
「ははっ!」


ここが戦場であることも、さっきまでの張り詰めた空気も嘘のように二人は絶えず笑い続ける。
いきなりの行動に面食らった未音だが、笑われていい気などするわけが無い。
即座に眉を吊り上げ、子供のように笑い転げる二人を怒鳴りつけようとした。



「ちょ・・・」
「未音、あんた本当に最高!」


笑いすぎて零れ落ちる涙をぬぐいながらの蒲英の言葉に、未音の怒りが行き場をなくす。
隣の昴に視線を移すと、彼も頭を大きく縦に振って同意を示している。



二人して盛大に笑ったと思えばほめたりして、いったいなんなのだろう。
未音にしてみればとてもまじめな話をしていたはずなのに、どうしてこんな空気になってしまったのだ。



「二人ともいったい何なのよ!?」


笑われたせいで真っ赤に染まった頬のまま、やけくそのように怒鳴る。
恥ずかしさと困惑と怒りとが混ざり合ってごちゃごちゃになった未音を落ち着かせたのは、不意に頭に触れた暖かな重みだった。



「未音はすごいってことだ」
「昴」


荒れ狂っていた感情が一瞬のうちに落ち着きを取り戻す。


この優しい声は反則だと思う。
未音の中から怒りさえも持っていってしまうのだから。



「俺たちは結局国に縛られてたのに、未音は人を見てたんだ」
「人?」


昴の言葉の意味がわからずに首をかしげる。
どう説明すればいいのかと、苦笑した昴の瞳が伝えてくる。


不足しているのは昴の言葉だろうか、自分の理解力だろうか。
どちらかというと後者のような気がしてしまうのが、我ながら少し情けなかった。



「つまり、俺は昴のことを綺羅国の最高権力者として考えてたってこと。昴もそうだろ?」


何気なく蒲英が言葉を補った。
この二人、さっきまでは険悪な視線を交わしていたのに今交わしている視線は親友同士のそれだ。


いや、これはむしろ悪友同士というべきものかもしれない。


いたずらっぽい視線を交わして、二人で同時に微笑む。

二人が――――特に昴が笑ってくれるのは嬉しいのだが、もう少し言葉を加えて説明して欲しい。


「相手は深沙を統べる人間なんだから、油断をすれば足元をすくわれると思ったんだ」
「自分自身は戦争を望んでいないとかいいながら、相手のことは信用しきれてなかった」


交互に説明を加えられてようやく未音の頭が整理されてきた。
漠然とした形ではあるが、二人の言いたいことが未音の中にも伝わってくる。



「つまり、蒲英を見てたんじゃなくて深沙の王様を見てたってこと?」


隣に立つ昴に答え合わせを求めた。


葵の恋人で沙羅と凪の親友であり、彼らを守るために深沙を守ろうとしていた蒲英。
だが、昴が見ていたのは自国の利益を守ろうとする深沙の王だったのだ。
自国の利益のみが目的であるならば、遠からぬ未来に綺羅国を攻めてくることも十分にありえるかもしれない。
そう思ったから昴は、何とかして綺羅国に有利な状況を作ろうとした。



つまり、そういうことなのだろうか。


「まあ、そういうこと」
「よくできました」


対照的な言葉で合格点をもらって、やれやれとため息をついた。
だが、二人の状況ならば仕方ないのかもしれない。
自分の国が大切だから相手のことを信じきれない。
今まで無理やり仮面をかぶって守り続けた国だからこそ、疑心暗鬼にも陥ったのだろう。



つまるところ、二人とも自分の国が何よりも大切なのだ。


「じゃあもう一回聞かせてくれる?」


答えがわかっていることをあえてもう一度尋ねるのは、さっき散々笑われた仕返しだ。
もっとも、あまり仕返しになっていないような気もするが。



「昴は蒲英と友達になれそうにない? 蒲英は昴のことが嫌い?」


返ってくる答えはたった一つ。
それを確信しているからこそ、さっきとまったく同じ質問をすることができた。



「もちろん」
「決まってる」



同じ金色の瞳に楽しげな色を乗せて、かつての神たちが晴れやかに笑った。



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