本当は自然に目覚めるのを待つのがいいのだが、あいにくと今は時間が無い。
蒲英の口を無理やりこじ開けて蓮眠の飴を放り込んで待つことしばし。
男の人にしてはうらやましいほどに長いまつげが小さく震えて、隣に座る人物と同じ金色の瞳がゆっくりと焦点を結んでいった。



「目、覚めた?」
「・・・ああ」


何度か首を振って完全に眠気を追い払った蒲英は、にやりと楽しそうに笑った。
そのどこか人を食ったような笑みに一瞬違和感を覚えたときには、隣にいる昴が彼のほうへ軽く身を乗り出していた。



机をはさんで向かい合う二対の金色の瞳。
深沙で向かい合ったときにはもう少し近い位置に立っているような気がしたのに、敵愾心にも似た緊迫した空気が流れているのはなぜだろう。



「さてと、改めて自己紹介でもするか?」
「・・・綺羅国の昴だ」
「俺は深沙の蒲英だ。ヨロシク」


一人の人間としての自己紹介をお互いがしているはずなのに、未音には彼らが神の仮面をかぶり続けているようにみえた。
二人とも捨てることに決めた仮面。
それをなぜ、よりによってこの場でかぶる必要があるのだろうか。



「二人ともなんか変じゃない?」


ようやくそれだけを口にすると、にらみ合っていた二人はようやく未音の存在を思い出したようにこちらを向いた。
強い光を宿した金色の瞳に見つめられると落ち着かないが、さすがにある程度の耐性はできている。
あえて気持ちを強く持って睨み返すと昴は瞳をそらし、蒲英は小さく笑った。



それらが、何かをごまかそうとしているときのそれぞれの癖だとすでに未音はなんとなくわかっている。


「二人して、いまさら神様の仮面をかぶっているのはどうして?」


疑問というよりは詰問するようなきつい口調になってしまったが、未音は口調を緩める気は無かった。
せっかく人として出会えたのに、どうしていまさら火花を散らさなければならないのか。
未音にはまったく理解できない。



「俺らは友達じゃない」


切り捨てるような冷たい声で蒲英が信じられない一言を言い放つ。
大きく目を見開いてとっさに隣に視線を移す。
金色の髪が同意を示して揺れるのが見えた。



「なんで・・・・・・そんなこと言うの」


深沙で対峙したときには確かに敵対心が薄れていたのに。
絶望よりも驚きが全身を支配して、それ以上言葉を続けることができない。
呼吸すらもだんだんと浅くなり、息苦しささえ覚えてきた。


いっそ倒れてしまえば楽かもしれないと思い始めたとき、頭にそっと触れるものがあった。



「未音」


聞きなれた柔らかな声。思えば名前を呼ばれるのも久しぶりだ。
この七日間、お互いに会わないようにしていたはずなのに、彼が隣にいることがひどく嬉しかった。



「蒲英の言うとおり、俺らは友達じゃない」
「昴!?」
「国を治めるもの同士ってことだ。二人とも少しでも自分の国が有利になる状況を作りたがっている」


昴の言葉の意味を理解するまでにしばらくかかった。
何度も自分の中で反芻して、自分なりの感想を述べる。






「馬鹿じゃないの?」





未音としては当然のことを言ったつもりだったが、昴と蒲英は二人とも驚きで目を丸くした。
蒲英が昴に顔を寄せて何か呟いているのが聞こえた。
何を言っているのかまではわからなかったが、なんとなく予想はつく。



「あいにく私はまじめだからね?」
「未音、俺らは・・・」
「うるさい」


自分の頬が高潮してくるのがわかる。
ふつふつと体の中から湧き上がる感情は、呆れが大半を占める怒り。



いったいなぜこの二人はわからないのだろう。
綺羅国と深沙がよく似ているということは、昴と蒲英も当然似ているということだ。



どちらも望むのは自分の国の幸福である二人が、お互いの国を侵略することなどありえないのに。




「国同士で考えるからややこしくなるのよ。昴は蒲英と友達になれそうにない? 蒲英は昴のこと嫌いなの?」


顔を見合わせたり、視線を宙に逃してみたり。二人の動作は一つ一つがよく似ている。
顔立ち自体は似ているというわけではないのだが、はたから見ているとまるで双子のようだ。



どうなの、と無言の圧力をかけながら二人を交互に見返す。
未音の視線から逃げようとした二対の金色の瞳がもう一度交わったとき、二人ともいっせいに笑い出した。




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