「蒲英! ねえ、蒲英!」
「悪い、葵。だけど・・・いつまでも、鏡像とにらみ合いを続けるわけにはいかないんだ」
敵だと思っていた相手が誰よりも自分に似た存在だとわかった以上、今までの状態を維持するわけにはいかない。
かりそめの平和を、ゆるぎない本物の平和にするために動かなくては。
これを昴だけに任せていたら、自分は何のために神の仮面をかぶったのかわからない。
今までたいした意味を持ったことの無い仮面だが、ここで初めて役に立つ。
役に立たせてみせる。
「違うの。そうじゃなくて・・・」
思ったことをそのまま口にするのが長所でもあり短所でもある葵にしては珍しく言葉を濁す。
なだめるように頭をゆっくりと撫でてやると、少しのためらいと共に口を開いた。
「未音が綺羅国に取り戻されたことがわかったら、七日ももつの? すぐに戦争を起こそうとするんじゃないの!?」
葵の叫びは恐怖に震えていた。
まだ遠くにあると信じていた災いが、明日にでも起こるかもしれない。
いつかは起こるに違いないと思っていたことでも、それがいざ目の前に迫っているとわかったときの恐怖心は並大抵のものではないだろう。
「もたせる」
「蒲英?」
「お告げでも神託でもなんでもいい。とにかく開戦は七日後まで抑えてみせる。お前の恋人を信用しろって」
あえて軽い口調で言って見せると、うっすらと涙を浮かべた瞳で葵がようやく微笑んだ。
この微笑みを守るためなら何でもやってみせる。
今となっては遠い昔になってしまったが、初めてこの決意をしたとき以来、蒲英の気持ちは揺らいだことが無い。
「無理・・・しないでね」
「わかってるよ。未音の策がどんなものかはわからないが、本番は七日後だ」
結局、未音がどんな策を持ち出してくるのかはわからない。
七日間で準備が整うのか、それすらも定かではないのだ。
それでも、彼女なら現状を変えられるのかもしれないと思った。
希望をもたらす星。
神話を信じているわけではないが、未音を見ていると平和が手に届く場所にあるような気がしたのだ。
「未音は何をするつもりなのかな・・・」
「さあな。良くも悪くも七日後には全てがわかるさ」
こっくりと頷いた葵の背中を軽く叩いて、町の方向を向かせる。
そろそろ葵を帰さないと、次に会ったときに沙羅の目を見ることができなくなってしまう。
本当はいつも横にいてほしいのだが、残念ながら今は無理だ。
「綺羅国とのことに片がついたら・・・」
「蒲英?」
「なんでもない」
あいまいに笑ってごまかすと、葵は不満そうに口を尖らせる。
その口が非難の言葉をつむぎだす前に、自分の唇で強引にふさいだ。