「蒲英だけを連れ出せればいいのよね?」
「いきなりなんだ?」


葵たちと会った翌日、未音の呟きに蒲英はいぶかしげに首をかしげた。
夜からずっと考えていたことの断片を口にしただけなので、蒲英がわからないのも無理は無い。


だが、きちんと説明するには漠然としすぎていて形になってくれないのだ。



「蒲英と昴が無事に会うためには、蒲英だけを気づかれないうちに連れ出せばいいのよね?」
「まあ、そうなるな。煌のほうは結構自由に動けるんだろ?」
「煌じゃなくて昴!」


これだけは譲れないとでも言うようにきっぱりと断言した未音に蒲英は笑う。
その笑みにはどこか冷やかしのようなものが混ざっていたが未音は気づかない。
ただ、自分の考えに没頭していった。



「なんかこう・・・、いっそ戦場なら何とか・・・・・・」
「考え中のところ悪いが、また外に行かないか?」


一点に向かっていた思考が急激に引き戻される。
蒲英の楽しそうな様子から外に彼の友人たちが待っていることを確信して、未音は大きく頷いた。



「話したいことがたくさんある気がするの」
「葵にだろ?」
「何でわかったの!?」


言葉にはしなかった名前を言い当てられて未音の目が丸くなる。
そんな未音の反応を楽しむように笑いながら、蒲英は扉へと手をかけた。



「あんたと葵ってさ、きっと似てるんだよ」



余計に混乱した表情の未音を部屋に残して、蒲英は一足先に廊下へと滑り出た。










「蒲英!」


昨日と同じように長い髪をなびかせた葵が全速力で蒲英の元へと駆けてくる。場所も時間も昨日とまったく同じ。
だが、どんなに目を凝らしても葵以外の人影を認めることができない。


未音は不思議に思って首をかしげたが、蒲英は飛びついてきた葵の頭をゆっくりと撫でている。
その顔は見ている未音が驚いてしまうほどの幸福感に満ちていて、彼らの邪魔をすることはとんでもない罪悪のような感じさえする。



結果、黙り込んで周囲に視線を走らせていた未音の視界で何かがぶれた。


(えっ?)


視線を戻したときにはそれは跡形も無く消えている。
それでも気のせいだと思うにはあまりにも存在感が強い、光によく似た金色。



「何だろう・・・?」
「未音? どうかしたの?」
「え?」


いつの間にか蒲英から体を離していた葵が、心配そうに覗き込んでくる。
ひどく間の抜けた答えを返してしまったために、彼女の心配は余計に増したらしい。
未音の額に手を当てて、熱が出ていないかを確かめてきた。



「なんでもない。えっと・・・・・・二人は一緒じゃないの?」
「沙羅と凪はお店の準備してる。今日はあたしだけ」
「そうなんだ」


それだけを話して、示し合わせたように二人そろって黙り込んだ。


話したいと思っていたことはたくさんあったはずなのに、いざ葵を目の前にすると言葉が明確な形にならない。
あいまいな思いだけが浮かんでは消える。

葵も何度か口を開きかけては閉じ、また開こうとするという動作を繰り返していた。


「なにやってんだ、二人とも」


奇妙な鏡像と化した二人に蒲英は呆れ声だ。
だが、そうは言われても思考がまったくまとまらない。


何を話そうと思っていたのか、何を聞きたいと思っていたのか。
つかもうとするたびに、するりと未音の中から零れ落ちていってしまう。



「あのね」


おずおずといった風に口火を切ったのは葵のほうだった。
迷いと困惑を多く瞳に浮かべたまま、それでも彼女は言葉を止めようとはしない。



「未音は昴って人が神様になってることをどう思う?」
「どう思うって?」


葵の質問の意味が理解できずに、未音は首を傾けた。


「恋人が神様ってつらくない?」


首を傾けた体勢のまま動くことができなくなった。
唯一自分の自由になる瞳だけを大きく見開いて、呼吸さえ求めたまま葵を凝視する。



「え? 昴って人、未音の恋人じゃないの?」
「なんでそうなるの!?」
「時間の問題ってところだろ? なあ、煌?」


ざわりと木々がざわめいた。
風が吹いているわけではないのに揺れる葉や枝に、葵が不安そうに蒲英のほうに身を寄せる。



未音は立ち尽くしたまま、動くことができなかった。





ありえない。むしろ、そんなことがあってはいけない。





だが――――そうであってくれればと願わずにはいられなかった。



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