「いい人たちね」

「ああ」


神殿へ戻る道の途中で未音が思わず漏らした言葉に、蒲英は満足そうに微笑んだ。
その笑みを見るだけでも、蒲英にとっての彼らがどれだけの位置を占めているのかがわかる。


たとえ望まぬ神の仮面をかぶっても、葵達がいる限り彼は蒲英だったのだろう。

未音や詠軌と共にいるときの昴が、昴以外の何者でもないように。


「ねえ、蒲英」
「なんだ?」
「あなた、人間には戻れないの?」


月を背後に従えている蒲英の表情は逆光になっていて見ることができない。
こうしてみると、確かに蒲英の雰囲気は月に似ている。
めまぐるしく満ち欠けし、本当の姿がどこにあるのかがわかりにくい。



だが月が本当は常に球体であるように、蒲英もまた常に蒲英以外の何者でもないはずなのだ。




「綺羅国もこの国と似たような状態なんだよな?」


質問に質問で返されたが、未音は素直にうなずきを返した。
蒲英の質問が、未音の質問に答えるために必要なものだということがわかったから。



「昴ってやつと話せれば、俺は神の仮面を捨てられるかもしれないな・・・」
「昴はきっと喜んで話してくれると思うわよ?」


深沙という脅威がすぐ近くにまで迫っていたために、煌はなかなか昴へと戻る機会が無かった。
隣国におびえる人々に、今以上の混乱を与えるわけにはいかなかったのだ。



だが、深沙側も同じだとすれば話は違う。


神同士なら侵略しあうほか無いかもしれないが、人間同士なら互いに話し合うことができる。
神は全能であるがゆえに無慈悲だ。


しかし、神ならぬ彼らにできないことはたくさんあるが、彼らは譲歩の点を見つけることができる。



綺羅国と深沙の争いが無くなれば、昴はきっと彼自身へと戻ることができる。
それはきっと、蒲英にとっても同じことのはずだ。



「昴と話せばいいじゃない。そうすれば全て解決よ」
「そうそう簡単にはいかないんだよ。もう二つの国は限界だ。俺があっちに行ったり、昴ってやつがこっちに来たりしたら張り詰めた糸が切れる。
綺羅国はどうだか知らないが、少なくとも深沙の兵は暴動を起こして綺羅国を攻めるぞ」



蒲英の口調はいたって静かだったが、それだけに彼が真実を語っていることがわかった。
なんとかしてそれを否定する根拠を探そうとした未音だったが、蒲英の言葉を補強する事実ばかりが浮き彫りになっていく。



互いの国にとっての象徴でもあり最高神でもある彼らが国境を越えてしまったら、ギリギリで保たれている均衡はもろくも崩れ去るだろう。
彼らが国境を越えることは、そのまま侵略に結びつくのだから。



「戦争を起こさずに、昴と蒲英が会うことはできないの?」


かすかな望みをかけた未音だったが、蒲英はゆっくりと首を振った。


「それに俺は守られる立場だからな。国にいるときは神殿の奥にいることになってるし、戦場でも一番安全な場所で多くの兵士に守られてる。
今日みたいに半日くらいならごまかせるけど、それ以上姿をくらますことは不可能だろうな」



たかだか半日の空き時間ではどうにもならない。

それが良くわかったから、未音は小さくため息をついた。


「厄介な話だ。俺自身は空気みたいで権力なんてまるで無いのに・・・・・・月光は強すぎる」



蒲英もさびしげに笑って、天空高く昇った月を見上げた。




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