「いつもいつも・・・。仲がよいのはわかっているけど、周りの状況を考えなさいって何度も言っているわよね? 特に蒲英、あなたはこの国を統べる人間でしょ?
そんな人が周りの状況にもかかわらず友人とふざけあいを始めるなんて・・・恥ずかしいと思わないの?」
思ったとおり、沙羅の口から発せられたのは情け容赦のない言葉の数々。
しかも蒲英と凪に反論する間を与えずにしゃべり続ける沙羅は、まるで歌でも歌っているようだ。
沙羅の声はいかにも大人の女性という柔らかな響きを持っているし、彼女が浮かべている笑みを見ると、まるで癒しの歌を歌う慈悲深い天使だ。
だが、沙羅の前に並んで立つ蒲英と凪は直立不動の姿勢を崩さない。
さながら、最後の審判を待つ人間のように。
「二人とも、二度と同じことを言わせないでちょうだい」
「わかった」
「反省してます」
蒲英と凪がそろって肩を落とす。
悄然とうなだれた二人を見て、沙羅はそれでもわずかに不満そうだった。
蒲英も凪もきちんと反省しているようなのにも関わらずだ。
それがなぜだかわからない未音は、自然と小首をかしげていた。
「二人ともね、あの言葉今の月の巡りになってからで6度目」
「6度目!?」
「沙羅もね、ああ言いながら半分以上は諦めてるのよ」
言われてみれば確かに沙羅の瞳には二人を反省させたという満足感よりも、呆れの色が濃く映っているようだ。
ため息混じりに首を振る沙羅に、葵が慰めるように笑いかける。
おそらくは今までに何度も繰り返されたのであろうやり取りが、未音にはとてもうらやましいものに思えた。
未音の幼い頃からの友人は遠く隔たってしまった世界にいるし、この世界に来てからできた友人とも無理やり引き裂かれてしまった。
町で出会った鈴音は無事だろうか。城にいる詠軌の耳にこの事態はどう届いただろう。
そして何より――――
「昴に心配かけちゃっただろうな・・・」
「昴?」
頭の中で考えているだけのつもりだったが、いつの間にか声に出していたようだ。
不思議そうに復唱されて、未音の胸を突き刺すような痛みが走る。
うっすらと涙さえ浮かび始めた未音を見て、葵があわてて沙羅のほうを向いた。
葵のすがるような視線を受けて、沙羅が柔らかく言葉を発した。
「昴というのはどなた?」
「あなたたちがきっと・・・煌と呼んでいる人」
これには今まで穏やかな表情を崩すことのなかった沙羅の表情も固まった。
葵にいたっては大きな瞳をさらに見開いて、呼吸をすることすらも忘れてしまったようだ。
蒲英の隣に立っている凪は説明をしろと言わんばかりの視線を友人に向けている。
それを受けた蒲英が瞳を未音へと向けた。
昴と同じ金色の双眸。
性格や雰囲気などで似ているところは何もないはずなのに、瞳だけは完全に昴のものと重なる。
まっすぐに向けられる視線を受け止めることができずに、未音は無言のままうつむいた。
昴と同じ色で見つめられることに耐えられない。
小さなため息が聞こえた。
視線をそらした弱い自分があきれられたのかとも思ったが、吐き出された息からはどこか未音を気遣うような優しさがにじみ出ている。
「綺羅国も深沙と同じだ。ここでは蒲英という人間が月の神を演じているように、綺羅国では昴という人間が煌という神を演じてる」
淡々と事実だけを述べられると、綺羅国と深沙はまるで鏡のようなものだ。
どちらも同じ幻想に浸っていて、鏡の向こう側の鏡像を敵だと思い込んでいる。
実際は、この二国ほど相似している国もないのに。
「俺は自分の意思で神になった。だけど、昴ってやつは違ったらしい」
「自分のこと神様だって信じてるとか・・・?」
「違う!」
反射的に大声を出すと葵がびくりと肩をふるわせた。
驚かせてしまったことを申し訳なく思う余裕は、今の未音に残されていない。
それどころか睨み付けるようにじっと見つめることで、葵の恐怖心はいやおう無く増してしまったように見える。
もっと柔らかく否定することができれば、きちんと事情を説明することができれば。
思考だけはぐるぐると回り続けるが、言葉が何一つ出てこない。
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