「葵(あおい) いつものことだけど、自分と沙羅(しゃら) を置いて行くなっての」
「蒲英に会えて嬉しいのはわかるけど、急に走るのはやめてくれたら嬉しいわ」


呆れ顔で言う二人に、葵と呼ばれた女性は腰に両手を当てて頬を膨らませた。
未音に向けたあからさま過ぎる敵意といい、いきなり蒲英に抱きついたことといい、感情表現がわかりやすい人だ。



「だって、もう三日も会ってなかったのよ? 走って抱きついたって罰は当たらないと思うわ」
「だからって私と凪(なぎ) を置いていっていい理由にはならないわ。いつも言っているでしょう」
「そうそう。沙羅の言うとおり」


後から追いついた二人は、どちらも葵よりは少し年上に見えた。


特に沙羅と呼ばれた女性のほうは、一つにまとめられた深い藍色の髪と、同じ色の瞳が落ち着いた雰囲気を増す手伝いをしている。
だが、穏やかな話し方の中に、一歩も引かずに葵を諭す力強さを持っていた。
自分が思い描く理想の大人かもしれないと、最近すっかり身についた人物観察で結論付ける。



憧れの思いが胸にじんわりと広がったまま、沙羅の隣に立つ男性へと瞳を移す。


凪というらしい男性は、年齢の読みにくい容貌をしていた。
雰囲気的には沙羅と同じで葵よりも幾分年上なだけに見えるのだが、彼は白に近い灰色の髪をしている。
それがまるで脱色に失敗した高校生のような雰囲気をかもし出しているのだ。
着ている服も葵と沙羅が短い上着とロングスカートという組み合わせなのに対して、彼はGパンによく似たパンツをはいている。


瞳の色が灰色であることを除けば、普通の高校生に見えないこともない。



(高校生・・・か)


ついこの間までの自分の身分が、ずいぶん遠いもののように感じた。
未音に与えられるはずであった大学生という身分はどこかに消え、代わりに今の自分は女神という称号を授けられている。



改めて自分の状況を思い返すと、思わず深いため息が漏れた。



「そういえば蒲英、この方はどなた?」


未音の深いため息を聞いた沙羅が、すっかり傍観者になっていた蒲英に話しかけた。
凪は今初めて気がついたようにしげしげと未音を見つめ、葵は再び敵意を向けてきた。


放っておかれるのもつらいものがあるが、友好的とは言いがたい二種類の視線を向けられるのも同じようにつらい。




「黒髪に黒い瞳の女神様、だとよ」
「女神? こんなのが!?」


素っ頓狂な声を上げた葵のこげ茶色の瞳には驚きが一杯に映し出されている。





ふつふつと体内から湧き出してくる感情があった。





今までは終始周りに流されっぱなしになっていた未音だったが、さすがにこの言葉を黙って聞き逃すことはできなかった。
自分は確かに女神ではないが、聖人君子でもないのだ。






「さっきから黙って聞いてれば・・・、いい加減にしてくれない? あなた何様のつもり!?」





何の前触れもなく感情を爆発させた未音に、葵だけでなく蒲英も驚いたようだった。
考えてみれば深沙に来て以来ずっと、彼のペースに巻き込まれていたような気がする。



どこまで巻き返せるかはわからないが、今度は未音の番だ。



「いきなり人にけんか売るなんて、あなた、いい度胸してるわよね!? 蒲英もよ! 私のこといきなりさらってきて、好き勝手につれまわして。
 そもそも昨日言ってた理由って何なのよ! 私は、あなたと昴がどうしてこんなに違うのかが知りたいだけなんだから!」



爆発させた感情をあえて抑えようとはせずに、あふれる言葉をそのまま発する。
よどみなく次々と流れ出る未音の言葉に、蒲英と葵が目を見交わしてうつむいた。



言いたいことを全て言ってしまうと、さすがに少し落ち着いた。
呼吸を整えるためにいったん怒鳴るのをやめると、それを見計らったかのように静かな声が割って入った。





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