翌日、蒲英は未音をつれて神殿の外へと向かった。


庭の隅や時には使用人が通るような細い通路を抜けて、二人がたどり着いたのは神殿と町をつなぐ橋の近くだった。
おそらくは神殿を守る堀のような役割をしているであろう川が、石造りの橋の下をゆっくりと流れている。



久しぶりの外の感覚が未音の全身にゆっくりと染み渡っていく。



それはちょうど綺羅国で初めてあの庭に連れて行ってもらったときの感覚に似ていた。





「やっぱ外はいいわー」
「そういや、あんたのこと閉じ込めっぱなしだったっけ?」
「あのねぇ、少しは申し訳なさそうに言ったら?」


伸びをして外の空気を一杯に吸い込むだけで、体中が浄化されていくような気がする。
蒲英のとぼけた答えには少し苛立ったが、気持ちのいい風が全てを流し去ってくれた。



悪い悪いとあまり悪びれずに笑って、蒲英は視線を橋の向こうへと移した。
綺羅国とはだいぶ形の違う町並み。
あちらは平屋が多かったが、深沙には高い塔を持つ建物が目立つ。
塔の一番高いところには鐘が備え付けられている場所もあり、時間になれば美しい音が響くのだろう。



(そういえば・・・)


平屋が多かった綺羅国の唯一の例外は昴が暮らしている城だった。
あそこはいくつかの塔をまとめた、いかにも城というような外見をしていて、確か鐘も一つだけあったと思う。



(あれ?)


鐘があったことは覚えているのだが、その鐘の音を聞いた覚えはない。
それなりに長い期間城にいたはずなのに一度も音を聞いていないということは、あの鐘はもう使われていないのだろうか。



(それにしてはきれいだったような?)



鳴らさない鐘を手入れする必要があるとは思えない。
それともあの鐘は、なにか別の意味を持っているのだろうか。
そう考えれば理屈は通るが、鐘に鳴らす以外の役割があるのかと考えれば首をひねるしかない。






「来た来た」


楽しげな蒲英の声で我に返る。
何度か瞬きをするうちに脳裏に浮かんでいた綺羅国の景色は消え、代わりに町へと続く橋の上に今までにはなかったはずの人影が見えた。
まだずいぶんと距離があるので男か女かすらもわからないが、三つの影がこちらに向けて歩いてくる。



「あいつらが、俺が神になった理由だよ」


ゆっくりと近づいてくる影を指差しながら蒲英は楽しそうに言った。
未音がこの場にいなければ今にもあちらに走っていってしまいそうに、もどかしげに人影が近づいてくるのを待っている。




「蒲英ー!」



先頭を歩いていた人影が耐えかねたように走り出した。
発せられた声の高さと、徐々に鮮明になる華奢な体つきから女性だと知ることができる。
彼女は軽くウェーブした明るい茶色の髪をふわふわと揺らしながら、蒲英めがけて一直線に飛びついた。



「久しぶり!」
「おいおい、まだ三日とたってないぞ?」
「恋する乙女にとって三日なんて永遠に近いの!」


あまりに唐突過ぎる状況に未音が身動き一つとれずにいると、蒲英の腕の中にいる女性が鋭い視線を投げてきた。
初対面のはずなのに、突き刺さる敵意が痛い。



「誰?」


氷よりも冷たい声で言われて、とっさに反応などできるはずがない。
目を見開いて彼女を凝視していると、じれたように彼女は蒲英の腕から抜け出した。
やれやれとでもいうように蒲英が小さくため息をついたが、事情を説明してくれるつもりはないらしい。



「なんであなたはここにいるの?」
「なんでって・・・」


深沙へさらわれてきたことを言うべきなのか、それともこの世界に召喚された経緯にまで遡るべきなのか。
迷った結果何も言えずにうつむくと、彼女の苛立ちが増したのが気配でわかった。



「言っとくけど、蒲英の本当の星はあたしなんだからね!」
「蒲英の・・・星?」
「そうよ。何、とぼける気?」


何とか言えと言わんばかりに、彼女は未音をまっすぐににらみつけてくる。
黙り込んだままでもけんかを売っているようだし、かといって下手なことを言えば地雷を踏みかねない。



どうするか決めかねたまま、とにかく彼女をなだめようとしたのだが、ようやく追いついた残り二つの人影が未音と女性の間に入った。






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