「鈴音!」

「父さん、離して!」



彼女を追いかけていたのは、どうやら彼女の父親らしい。
軽装ではあるが兵士の制服に身を包んでいて、真面目そうな雰囲気を持つ男だった。



彼は暴れる少女――――鈴音というらしい――――を無理やり羽交い絞めにすると、慌てて昴の前に膝を折った。



「申し訳ありません! 娘がとんだご無礼を!」

「気にするな」


感情を極力見せないように短く言うと、彼の腕の中の鈴音が小さく体をこわばらせた。
確かに子供に対する口調ではないなと、自嘲気味の思いがよぎる。




「未音ちゃんが!」



父親に羽交い絞めにされた少女が、唯一自由になる口で発した言葉。
決して大きな声ではなかったが、鬼気迫った鋭さが滲んでいる。






それを聞いたとたん昴の中からすべての余裕が消えうせた。





「未音がどうかしたのか!?」



周りなど気にせずに声を張り上げる。
今までは押し隠していた感情がその短い問いかけの中に現れていて、周囲の大臣たちが今度こそ完全に絶句したのがわかった。
鈴音を腕に閉じ込めたままの兵士も、目を丸くして昴のことをただ見つめている。



そんな中、まったく変化を見せなかったのは鈴音だけ。
彼女は呆然とした父親の腕を振り払うと、桃色の瞳に必死さを浮かべて言葉を続けた。



「未音ちゃんが大変なの! 知らない人たちにつれてかれちゃったの!」
「未音が!? 深沙か!?」
「わかんない」



間髪おかずに浮かんできた敵国の名前を口にすると、鈴音は困ったようにうつむいてしまった。
彼女を詰問しても仕方がないとわかっているのだが、どうしても口調が厳しいものになってしまう。
責めるべき相手は鈴音ではないと自分に言い聞かせながら、部屋の片隅へと視線を投げる。



意図的に鋭さを増した視線を。



「詠軌」
「・・・はい」



静かに名前を呼ぶと、詠軌は昴の非難を甘んじて受けた。
昴以外に未音を城外へと出すことのできる人物は彼しかいない。
そして、昴自身は未音に外にでることを禁じたのだから、必然的に残るのは彼だけなのだ。




「未音を城の外に出したのか?」
「申し訳ありません。未音がどうしてもと・・・」
「この国の治安状態は当然わかっているよな? 召喚士長殿」



針どころか毒針を含んだような声で詠軌を糾弾する。
口調を荒げることこそしないが、自分の怒りは彼へと伝わっているはずだ。
その証拠に詠軌は視線を伏せたまま、昴のほうを見ようとはしない。




まるで未音が召喚される前へと戻ったようだ。
あのときの彼は、恭しさという拒絶の鎧で自分の身を包んでいたのだから。






未音がいないという一点において、当時と今はまったく同じ条件下におかれている。


ただ違っているのは、昴が諦めではなく怒りを金色の瞳に浮かべていること。





「探しに行く」
「お待ちください、煌!」



扉へ向かって大股に歩き出した昴を、大臣の一人が慌てて止めた。
茫然自失状態からは回復しきっていないようだが、守り神が敵国に出向くと言っているのだ。
思考を止めた頭でも、それは止めなければならないと思ったのだろう。




「煌! 城下のものがさらわれたとなれば一大事ではありますが、煌がわざわざ出向くようなことではありません! ここは兵に任せて・・・」
「黙れ」



興奮しきった大臣の声に対して、その声はあまりにも小さかった。
現に昴は特に声を荒げたわけではない。




だが、彼の声は会議室にいる人々から声を奪うのに十分な力を持っていた。



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