重苦しい空気を見かねた太陽が、空から落ちてきたのかと思った。
まばゆいばかりの金の髪に、同じ色をした瞳。光の神は太陽の神にも通じるのだと、後になって未音はそう考えた。



しかし、今の未音にそんなことを考える余裕などない。



「昴!?」
「煌!?」


発せられた名前は二種類だったが、未音も詠軌も呼んでいたのはたった一人。
二人に呼ばれた本人はわずらわしげに顔にかかった髪をかきあげた。
きらきらと光る球がその動きを追うようにして浮かんでいる。



「さすがにあの高さから飛び降りるのは無茶だったか。少し足が痛いな」
「煌・・・」


未音にはまるで詠軌が陸に打ち上げられた魚に見えた。



何度も口を開閉させて、ありえないはずの事態に驚いている陸の魚。
泳ぐための手段を失った魚は、次にどうするのだろう。




陸に順応しようとするか、海に戻ろうとするか。



すっかり第三者となった視線から、未音は二人を見つめていた。
狼狽する詠軌とは対照的に、昴は涼しい顔で落ち着き払っている。





「久しぶりだな、詠軌。ざっと十二年ぶりか?」
「意味が・・・よくわかりませんが・・・・・・」
「昴として会うのは十二年ぶりだろ? 違ったか?」



『昴』 の名前が発せられた瞬間、完全に詠軌は言葉を失った。
ぜんまいが切れた人形のように立ち尽くして、ただ昴を見つめている。




否、瞳に映しているだけというほうが正しいのかもしれない。



見ている未音のほうが驚いてしまうほど、詠軌は驚愕を顔に貼り付けていた。



「俺は今までずっと煌を演じてきたが、自分が煌だと思ったことは一度もなかった。
 自分はただの人間だということは、俺が一番よくわかってるからな」

「何を仰いますか!?」
「事実を述べただけだ」



他にも言い方があるだろう、と思わずフォローをしたくなってしまうほどに、昴の言い方には容赦がない。
実際、未音は何度か口を挟むタイミングを探していたのだが、昴が視線でそれを拒んでいた。




「俺には特別な力は何もない。それはそばで見ていたお前もよくわかってるんじゃないのか?」
「そんな・・・」



詠軌の瞳が揺れていた。
必死になって隠そうとしているが、空色の瞳に浮かぶのは紛れもない迷い。






それこそが、詠軌が昴を人間だと思っている証だった。





「俺は子供の時・・・、お前とかくれんぼをしたときと何にも変わっちゃいないんだよ」



その言葉を境に中庭の空気が凍りついた。
昴はただまっすぐに詠軌を見つめ、詠軌は目を見開いて立ち尽くしている。



後になって未音は、この時ほど必死に祈ったことは無いと昴に話したことがあった。
詠軌が昴を拒まないように、二人が元の友達に戻れるように。

自分の合格発表のときよりも真剣に祈ったのだ。





必死な祈りは――――通じた。







「私は・・・、また失うのがいやで目を背けていたんです」
「どういう意味だ?」



軽く首をかしげる昴に詠軌は笑って見せた。
まだ少しこわばってはいたが、その笑みは今まで詠軌が浮かべていたそれとは明らかに異なっている。




今までのものが恭しさとともに一種の拒絶を表していたのに対して、この笑顔は親しい者に向ける心からの笑みだった。



「私はかつて一度あなたを失いました。それ以来、私はつらかったんですよ。
 だから、あなたが戻ってきたといっても、私はすぐには信じたくなかった」

「信じなければ・・・・・・裏切られることも無いから?」



いぶかしげな表情を崩さない昴に変わって、未音がその言葉の先を引き継いだ。
詠軌はようやく未音の存在を思い出したようで、一瞬驚いた表情をしてから小さく頷いた。




「・・・案外お前もバカだな」



呆れたとでもいうように両手を広げて昴は笑う。
いつの間にか、中庭には優しい風が吹くようになっていた。



「それはお互い様です・・・・・・昴」



最後の一言はまだ少しためらいがちに。
それでも、詠軌ははっきりと幼友達の名を呼んだ。
それに答えて昴は柔らかく笑う。








幼い頃に一緒にかくれんぼをして遊んでいた二人の姿が見えたような気がした。













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プチ・あとがき






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