「えっ!?」



突然割り込んだ自分以外の声に、未音ははじかれたように顔を上げた。
頭上の木々の中でもひときわ立派な枝の上に、白い布が見えた。




二度しか見たことはないが、今の未音は白が光の神にのみ許された色であることを知っている。



「煌・・・」
「久しいな、燐」


燐、と呼ばれるだけで寒気がした。
自分の名前以外で呼ばれることがこんなにも苦痛だとは夢にも思わなかった。




まるで、篠宮未音という存在そのものが否定されているような気がする。



「あまりあからさまに怯えるな。詠軌が余計な気を回す」
「どういうこと?」


未音には煌の言葉の意味がわからない。
困惑を色濃く表して立ち尽くす未音に、煌は小さく笑って見せた。



「この中庭は我がよく休みに来る場所でな。もちろん、詠軌もそのことを知っている」
「・・・そんなぁ」


かつて未音は詠軌に向かって、煌には会いたくないと絶叫したことがあった。
だが、詠軌は煌と燐の伝説を信じる側の人間なのだ。
あくまでも煌を避けようとする未音に対して、なんらかの策を講じてきたとしても不思議ではなかった。



「いい人だと思ったのに」
「詠軌は策士だ。覚えておくのだな」


言いながら木を下りた煌が未音の前に立つ。
未音よりもだいぶ背が高い煌は、その存在で未音を威嚇していた。




来るな、近寄るな。


そんな声が聞こえる気がする。




「どういうつもりだ」


押し殺された煌の声は低い。
声の下には煮えたぎる怒りが隠されていて、我知らず未音は一歩下がりそうになった。



「何の・・・こと・・・?」
「ストールを、我にかけていっただろう」
「ああ、そのこと」


一気に肩の力が抜けた。
地下書庫での未音の行動は、褒められこそすれ怒りを向けられるようなことではない。
ならば、今の未音が感じている煌の怒りは何か別の感情なのだろう。






そう思ったのだが――――





「余計なことをするな」



煌の言葉はあくまでも冷え切っていて、それでいて大きな怒りをはらんでいた。
あまりに予想外の反応に未音が言葉を返すことができずにいると、叩きつけるように煌の言葉が続いた。



「我にかまうな」



はっきりとした拒絶の言葉とともに身を翻した煌の姿は、始めて会ったときによく似ていた。
あの時煌は力任せにテーブルを殴りつけ、何も言えない未音を残して立ち去ったのだ。



あの時と同じように、煌が姿を消すまでじっとしていたほうがよかったのかもしれない。







だが、身の内で逆巻く感情を抑えることはできなかった。








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