闇の奥には光が集まっていた。

ふわふわと漂う光の球が、床に座り込んで眠る人物の周囲を縁取っている。



「なんで・・・?」



光に包まれて穏やかな寝息を立てているその人に、未音は見覚えがあった。
実際に顔を合わせた時間は短いが、彼の顔ははっきりと覚えている。






未音に向けて研ぎ澄ました怒りを放った彼のことは。





「煌・・・」



燐以上に崇拝されるこの国の絶対神。
光の神と呼ばれるのは鮮やかな金糸の髪のせいだと思っていたが、どうやらそうではないようだ。



なぜならあたたかな色を放つ光球は、彼から発せられているのだから。



「本当に光なんだ」

驚きのあまり麻痺してしまったような頭が、なんだか焦点のずれたことを呟く。
煌が光を出せるなら、未音は闇を出せたりもするのだろうか。
闇を出しても役に立たないような気もするけれど。




「って、違う!」



彼が光を操れるというのはこの際どうでもいい。

何よりも問題なのは――――





「なんでこんなところで寝てるの?」



困惑気味な声を漏らした未音の前で、床に座り込んだままの煌が深い眠りに落ちていた。
金色の光を纏いつかせて眠る煌は、まるでよくできた彫刻のようだ。
ただひとつ彫刻と違うのは、規則正しく上下する胸だけ。
そこだけが、彼が命を持つものだということを証明している。




「風邪引くんじゃないの?」


神と崇められていてもしょせん人は人。
こんなに寒いところで寝ていたら風邪を引くのではないか。



未音の思考を証明するように、煌が体を丸くした。
ほんの少しの熱も逃すまいとするように。




「猫みたい」



くすりと思わず笑いが漏れた。
思えば気位が高いところも、とっつきにくいところも猫そっくりだ。
猫は気軽に手を出すと引っ掻いてくるが、彼は引っ掻く代わりに怒鳴りつけてきた。




一週間ほど前の出来事を思い出した未音の体が自然と硬くなる。



もう、あんなふうに怒鳴られるのはごめんだ。
だからこそこの一週間、煌には会わないように最善の注意を払っていたのに――――あたたかな光に導かれるまま、彼と再び出会ってしまった。




「どうしよう・・・」


そう呟きながらも、どうするのが最もいい方法なのかはわかっていた。
寝ている限り彼は未音を怒鳴りつけたりしない。



つまり、煌が夢から目覚める前にこの場を立ち去ってしまえばいいのだ。



しかし、未音の足は動こうとしない。






「風邪・・・引くよね、絶対」


じきに自然と目が覚めるだろうが、その頃には煌は間違いなく風邪を引いている。
そうなるとわかっていて彼を放っておくのは後味が悪い。
後味が悪いどころか、後々まで気になってしまいそうな気がする。






煌から逃げたいと願う感情と、起こしたほうがいいとささやく理性。


二つの狭間で未音は揺れた。




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