「ん・・・?」
久しぶりの穏やかな夢の名残を惜しむようにして、煌はゆっくりと覚醒した。
ただでさえ人の来ない地下書庫の最奥で眠るようになってずいぶんたつが、こんなに緩やかな目覚めを迎えたことはない。
すっかり固まってしまった体をもてあましながら立ち上がり、冷え切った体に顔をしかめるのが常だ。
だが、今の煌は寒さを感じていない。
長い時間床に座り込んで眠っていたせいで体はこわばっているが、全身をぬくもりがすっぽりと包み込んでいる。
「なんだ?」
寝起き独特のぼんやりとした感覚を振り払うようにして立ち上がると、さらりという衣擦れの音が響いた。
煌が纏っていた白い服の上を滑り落ちる、見覚えのない黒。
ぱさりと床に落ちたストールを拾い上げると、これが先ほどまでのぬくもりの正体であったことを知った。
いっそ頼りないほどに薄いストールだが、手に触れるぬくもりが心地よい。
「なぜ・・・」
ストールの持ち主はたった一人でしかありえない。
この国において白を纏うのが煌一人であるように、黒を纏うことが許されているのはたった一人。
煌にとっては忌むべき存在である、異世界から訪れた闇の女神。
「燐・・・」
意識して頭から追い出していた名前を、煌は久しぶりに呟いた。
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プチ・あとがき