「え?」
何かが視線の隅に引っかかった。
未音以外は誰もいないはずの、薄くほこりをかぶった書庫の中にはありえないはずのもの。
気のせいかと思ってもう一度首を振ってみると、やはり視界の隅で何かがぶれた。
「な・・・んで?」
この書庫は地下にあるので、あたりを照らしているのはゆらゆらと揺れるろうそくの光だけだ。
未音が慣れ親しんだ蛍光灯よりも弱い光だが、壁際に配置されたろうそくの明かりは本を読むには不自由しない。
だが、今になってその光はやはり弱い光であったことを知った。
「光?」
不意に現れたあたたかな光。
どこから出てきたのかわからない光の球は、太陽の光ともろうそくの光とも違うあたたかさを持っている。
その不思議な光の前では、十分に明るいと思っていたはずのろうそくの光がまったく頼りないもののように感じた。
「なんだろう? この光・・・」
いったいどこから出てきた光なのだろう。
魅入られたように光を見つめながら、未音は首をかしげていた。
疑問は尽きないが、とりあえず眺めていても仕方がない。特に熱を発しているわけでもなさそうなので、ためらいながらも手を伸ばしてみた。
ふわふわと漂う光球に手が触れる直前――――。
「あっ、待って!」
今まではただ浮かんでいただけだった光が、未音の掌をすり抜けた。
まるで未音を誘っているかのようにゆっくりとしたスピードで本棚の間を飛んでいく。
未音が足を踏み入れたことのない、書庫の最奥へと続く道を。
この地下書庫は、奥に行けば奥に行くほど暗さを増していく。
一度、書庫全体を探検しようとしたことがあったが、あまりの暗さに途中で足がすくんでしまったほどだ。
だが、光は奥へ奥へと飛んでいった。
(どうしよう・・・)
暗闇は怖い。
明かりになるようなものを未音は何も持っていないし、光が向かう先に何があるのかもわからない。
暗闇を抜けた先にあるのが、未音にとって安全なものという保障はないのだ。
光の球は書棚の間で未音の様子をうかがうように静止している。
周囲が濃厚な暗闇なのにもかかわらず、あたたかさを失わない光。
「あー、もう。行けばいいんでしょ!? 行けば!」
開き直ったように大声を出すと、未音は暗闇に足を踏み入れた。
先を行く光球に置いていかれないように、深い闇の中を必死に進む。
時折石造りの床につまづきそうになったが、未音は足を止めなかった。
本当は光を目にしたときに気がついていたのだ。
この光が導く先にあるものが、未音にとって悪いものであるはずがないことに。
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