散乱した荷物に、まだ開かれてすらいないダンボール。
およそくつろげるとは言いがたい場所だったが、部屋の中心に座る少女は満足そうにぐるりと辺りを見回した。



「ここが、私の部屋・・・」

18年間住み慣れた実家の自分の家とはだいぶ雰囲気が違う。
実家は歴史のある旧家だったので、いまどき珍しい純和風の建築様式だったのだ。

それが嫌だったわけではないが、新しい環境に胸を弾ませるのをとめることはできなかった。


「あ、忘れてた」


彼女は不意にそう呟くと、雑多な荷物が広げられていた机の上にほんの少しのスペースを作った。
床に転がったペンケースから油性マジックを取り出し、さっき作った小さなスペースに置いた紙にプレートに自分の名前を書いていく。



『篠宮未音(しのみや みね)』



取り立てて丁寧でも雑でもない字で書かれた表札を見て一つ頷くと、彼女――――未音は玄関へと向かった。

何とか合格することのできた第一志望の大学。
そこに通うために引っ越してきたマンションの一室が、自分の部屋であることを示すために。



インターフォンの上に表札を取り付けると、それだけで部屋の居心地が一気によくなった気がした。
無意識のうちに顔には笑みが浮かんでくる。



長い受験生活が終わって、未音の望む生活がようやく始まるのだ。
これが笑わずにいられるわけがない。




うきうきという形容がぴったりと当てはまりそうな雰囲気で、未音は部屋の中へと戻っていった。







それからしばらくの間、その部屋のドアが開かれることはなかった。










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