城下町に活気がある国は豊かな国だと、昔何かの本で読んだことがある。
確か日本の歴史小説だったような気がするが、その法則が当てはまるのは何も日本だけではないだろう。



だとすれば、この国は非常に豊かな国だといえる。


頭上には繊細な細工がなされた看板が並び、ところどころにある空き地には屋台のような小さな店が林立している。
道を歩けば生き生きとした呼び込みの声がひっきりなしに耳へ届いた。




「すごーい」


誰に言うでもなく、未音の口からは自然と感嘆の声が漏れた。
知識としてだけなら、この城下町のことも多少は知っている。
この綺羅国の中でも最も大きな町であり、商業の中心地にもなっている町。



しかし、ここまでにぎやかな町だとは思わなかった。


戦争が近づいているのにもかかわらず、人々の顔には笑みが浮かんでいる。
それがどれほどすごいことなのか、戦争を経験したことがない未音にも少しはわかるつもりだ。



(やっぱり煌の力ってこと?)


人々の恐怖を抑えているのが煌という神の守護だとしたら、未音が探している希望がこの町にある可能性は低い。
神の守護に頼りきっている人たちが、その神を否定するはずがないのだから。



(どうしよう・・・)


昴にとっての希望を探したいなどと大口を叩いた自分が恥ずかしい。
この国に根付く信仰の強さもよく考えずに、人々の意識を変えることができると本気で思っていたさっきまでの自分。

これ以上はないほど難しいことを簡単なことだと、どうして思いこめたのだろう。


頭から血の気が引いていく。
希望を見つけに来たはずの場所で絶望に直面した未音の中から、活気に満ちた音が消えていった。






代わりに満ちたのは、果ての見えない絶望という名の静寂。






(・・・ん?)


絶望に引きずり込まれそうになっていた未音を引き戻したのは、現実世界に実際に広がる静寂だった。

さっきまで活気に満ちた声が飛び交っていたはずの大通りが、今は不気味なほどの沈黙に包まれている。
なんだか大勢の人の視線が自分に集中しているような気がして、未音は慌ててあたりを見回した。



すると目に入ったのは、自分を見つめたまま目を丸くする人々。


自分はそんなに変な顔で考え事をしていたのだろうか。
それとも、考えていただけのつもりの言葉を口から漏らしていたのだろうか。



理由のわからない視線にさらされて、いたたまれなさと恥ずかしさで未音はうつむいた。
そのまま足早に大通りを抜けようとしたが、未音を見つめる人の輪から吐息のように声が漏れた。




「・・・燐さま?」
「は?」
「やっぱり燐さまだ! 女神様が召喚されたという噂は本当だったんだ!」


近くの商店――――品揃えから見て雑貨屋だと思う――――の店主が大声を張り上げる。
あっけにとられた未音の頭にその言葉の意味がきちんと届くまでのわずかな間に、大通りには再びざわめきが戻っていた。



ただし、さっきまでの呼び込みとはまったく異なる種類のざわめきだ。



「燐さま! ぜひうちの店を見ていってくださいませ!」
「こちらにもいらしてください!」
「燐さまのお力を我々にも分けてください!」


頭がぐらぐらした。
それは大げさなたとえでもなんでもなく、本気で未音は頭を抱えるはめになった。



すっかり忘れていたが、この国に黒髪に黒い瞳という人はいないのだ。


詠軌のような青い髪や、夕暮れ時の赤い髪。
その他にもいろいろな色の髪の毛があるが、未音のような黒い髪と昴のような金髪はいない。






この国において金髪は煌の、そして黒髪は燐の、二人の神の証なのだ。


そのことをすっかり忘れて黒髪を隠しもせずに歩いていたのだから、目立って当然だった。





「あの・・・・・・えっと・・・」


混乱した心はきちんとした言葉を形作ろうとはしない。
人々の熱気に流されるがまま、未音はなすすべもなく立ち尽くした。







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