尋常ではない怒気を感じ取った臣下や召使いがあわてて道を譲るのには一切眼もくれず、煌は自室へと向かっていた。
脳裏に先ほどの 『女神』 とのやりとりがよみがえり、我知らず小さなうめき声が漏れる。
(そんなこと、だと!)
綺羅国の平和と繁栄。そのために召喚された女神は、それらをそんなことの一言で切り捨てた。
(俺は、そのために己を殺してきたというのに・・・)
光の神としての運命は、彼が生まれたときから始まっていた。
廊下に並ぶ灯火に照らされて光る金の髪。
光の神と同じ金髪を持ってこの世に生を受けたときから。
国を治める役割を担っていた両親や重臣たちは、金の髪をした彼が本当に神の生まれ変わりかどうかを固唾を呑んで見守っていた。
だが、当の彼はそんなことは知らずに自分は多くの大人に愛され、必要とされているのだと信じて疑わなかった。
(だから・・・)
よみがえった苦い思い出にようやくたどり着いた自室の扉を乱暴に開ける。
すでに暗くなっている室内に明かりを灯すこともせずに、寝台に普段よりも重く感じる体を預けた。
ゆっくりと掌を目の前にかざすと、彼の思いに答えるようにして金色の小さな光がそこから浮かび上がる。
この光にはじめて気がついたのは、七歳になってすぐのころ。
まだ彼にも両親や友達と呼べる人たちが存在していたころのこと。
自分の思うがままに現れては消える光の珠。
太陽の光ともろうそくの光とも違う温かさを持った、とてもきれいな光。
それに喜んだ彼はすぐに両親に見せに行った。
こんなにきれいなのだから両親も喜ぶに違いない。そう思ったのだ。
実際、両親は喜んだ。
否、狂喜したといってもいい。
だがそれは、彼が予想した類の喜び方ではなかった。
――――やはりこの子が・・・!
――――なんてありがたい! 神は我らの子として再び現れてくださった!
その日を境に彼は神になった。
神であるがゆえに他者と交わる機会は極力減らされ、生活は一変した。
昨日までの親友は黙ったまま彼の前に膝をつき、身の回りの世話は女官から無口な巫女へと変わった。
そして、両親も彼に対しては最上の敬意を払うようになる。
話しかけようとしても母は決して顔を上げず、国王として君臨していたはずの父が彼に向けて叩頭する。
あまりにも急激に変化した日常。その意味を完全に理解するには、彼はあまりにも幼すぎた。
だが、一つだけ理解できたことがあった。
今までの彼はもういてはならないのだ。
今いる彼は彼であってはならない。
煌にならなければならないのだと。
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