「なに!?」


今まで未音が体感したことのないような深い闇。
恐れや畏怖の念などはすべて超越しているような。

ただそこに在りすべてのものをその内に包み込む深淵。


パニックを起こして周りを見回した未音の瞳に、何かが引っかかった。
暗闇を引き裂いて、一筋の光が投げ込まれたような気がしたのだ。


反射的にそちらを向くと、人が、部屋が――――世界が戻ってきた。


「お前が女神か?」
気がつくと冷たい石の床に座り込んでいて、目の前には明るい光があった。
くらくらとする頭を振って意識をはっきりさせると、目の前の光が見知らぬ男だということに気がついた。


他人の年齢を測ることはあまり得意ではないのだが、未音よりも年上なのは間違いないだろう。
かといって、青年の域を出ているわけでもなさそうだ。

端正な造りの顔を、未音にとっては珍しい金髪が縁取っていて、まるで職人に作られた彫像を連想させる。


未音を見据える瞳は、鮮やかな金。



「聞こえていないのか? 我の質問に答える気がないのか?」
唇の端をわずかに吊り上げて彼――――煌は笑う。
嘲笑するようなその言い方にたまらず怒りを爆発させようとして、ようやく先ほどまでとは大きな違いに気がついた。


「何言ってるかわかる・・・?」
「それこそ貴女が真の女神、燐(りん)さまであられる証拠にございます」


驚きのあまり呆然としている未音に、目の前の男のものとは異なる声がかけられた。
声を発したのは未音に黒い宝石を差し出した人物。
さっきまで理解できなかったはずの彼の言葉が理解できるようになっていて、未音の驚きは増す一方だった。



「先ほど貴女様に差し上げたのは女神様の宝玉。貴女さまの、この世界に残されていた魂の一部分にございます。そして・・・」
「・・・ちょ、ちょっと待ってよ」


説明を聞くうちに膨らんだ嫌な考え。
それを少しでも早く拭い去りたくて、未音はさらに説明を重ねようとする彼の言葉を慌ててさえぎった。



「この世界・・・って、どういうことですか?」


このとき未音の中によぎった思いをなんと説明したらいいだろう。
ありえないと理性が叫び、でもと反論をする自分がいる。


その狭間に、ひどく冷静に状況を見つめる未音がいた。






「ここは綺羅国。貴女様が今までお過ごしになっていた場所とは、まったく別次元の世界であると伝えられています」





予感はしていた。



していたが、絶句する以外のことはできなかった。







思考がここまで働かないのも初めてだ。


模試で最悪の点数を取ったとき、志望大学に合格したとき。
それぞれに思考が止まったが、どちらのときもすぐに動き始めた。


だが、今回ばかりはなかなか動き始めようとしない。



唖然としている間に抵抗する隙もないほどの勢いで部屋を移され、服を着替えさせられた。
通された部屋は呆れるほどに広く、与えられた服は信じられないほどに高価な素材が使われているようだ。


部屋は豪華なシャンデリアで照らされ、壁には磨き上げられた窓がある。
装飾の雰囲気からすると、世界史の授業で見た中世のヨーロッパに似ている気がした。
資料集で見たときには純粋に憧れたが、実際に通されると落ち着かないことこの上ない。



服は作りこそシンプルな上着とロングスカートという組み合わせだが、その手触りは絹のさらに上を行く。
きっと、未音の想像をはるかに超える値がつくに違いない。



自分の理解をはるかに超えた状況にただただ呆然としていると、扉から乱暴な音がした。






Next→

←Back







inserted by FC2 system