新しいマンションの一室にいたはずだ。ドアに表札をつけ、部屋の中へと戻ったはずだ。


「なに・・・?」


未音は自分の目を疑わずにはいられなかった
一瞬めまいがしたかと思うと、開けかけのダンボールや荷物が散乱していた部屋は視界から消え、その代わりに目の前に広がるのは見知らぬ部屋だった。


ひんやりとした空気が石造りの室内を満たし、奇妙な服装をした集団がじっと未音を見つめている。
その中に誰一人として知り合いはいない。
それどころか、さまざまの色の髪や瞳から判断すると彼らは日本人ですらないようだ。


「誰? っていうか、ここどこ?」
「――――――――」


何とかして状況を把握しようと質問を重ねていると、彼らのうちの一人が何かを言ったようだった。
未音に話しかけようとしているのはわかったのだが――――


「・・・何語?」

発せられたのは日本語ではなかった。
それどころか、いったい何語なのか見当もつかない。


未音が話すことができるのは日本語と、学校で六年間習った英語だけだが、発音を聞いたことがある言語ならたくさんある。
だが今聞いた発音は、その中のどの言語とも重ならなかった。


「――――――――」

「だから、なに? 日本語がわかる人はいないの!?」


非常識な事態に直面して泣き出す権利も彼女にはあった。
その権利を行使しなかったのはひとえに、見知らぬ場所につれてこられた困惑が何よりも強かったことによる。



泣くのは状況を理解してからでいい。
今しなければならないのは、自分が置かれた状況をつかむことだ。




言葉が通じる人が一人でもいいからいないかと周りの人々を見回していると、その中で最も立派な杖を持った人物がおもむろに未音へと歩み寄った。
杖を持った手とは別の手に、何かを乗せている。


「――――――――」
「・・・受け取れってこと?」


こんなに丁寧にものを差し出されたことがないので、未音の困惑の度合いはさらに増した。
だが、なんとか彼の行動の意図を理解すると、その手のひらに置かれた、吸い込まれるように深い黒をした宝石のようなものを受け取った。





否、受け取ろうとした。





宝石に未音の手が触れたか触れないかのうちに、あたりを暗闇が包んだのだ。









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