満開の桜並木の下に置かれたベンチで分厚い本を広げる。
本といっても普通の本ではなく、来年度の授業計画が書かれたいわば案内書のようなもの。
これを見て自分がどの授業をとるのか選ぶ。
最初は高校までとの大きな違いに戸惑ったが、三年目にもなればさすがに慣れたものだ。




無事に大学に入学して、もうすぐ三年目の生活が始まろうとしていた。



(幼児教育に幼児心理学は必修。あとこの辺は選択必修か)
何をとろうかと頭の中で時間割を組み立てていくうちに、未音の意識はここではない景色の元へと飛んでいく。



あちらでもよくこうやって太陽の下で本を広げていた。



(なんか懐かしいなぁ・・・)
柔らかな風が流れる中庭で本を広げて、疲れるとただぼんやりと空を眺めていた。
太陽の光に身を任せていると、やがて太陽と同じ色合いを持った彼が中庭に姿を現す。



(昴に会いたい・・・)


運命を信じているとは言ったものの、昴にもう一度会えるという確固たる保証は何も無い。
あのときの自分は離れ離れになっても必ず会えると信じていたが、三年目になるとさすがにその自信も揺らぐというものだ。



こちらに戻ってきたことを後悔はしていない。
大学での勉強は楽しいし、友人も増えた。
ずっと夢見ていた幼稚園の先生にも少しずつではあるが近づいている。



だが、ふとしたときにあの金色の光を思い出す。


ふわふわと浮かんでいた光の球と、それを伴って現れる人。
未音、と自分を呼ぶ耳に心地よい声は記憶の中でずいぶんと風化してしまった。




「・・・・・・私のことなんて忘れちゃったかな」
思わず泣き言のような独り言をもらして、ひざの上の本から目を離す。
気を紛らわすために首を動かしたときに、桜並木の奥に立っている人影が見えた。



その人影に金色の光がまとわりついているような気がして、未音の目が大きく見開かれる。



「勝手なことを言うなよ、未音」


ぞくりと電撃にも似た感覚が全身を駆け抜けていった。
風化したと思っていた記憶が一瞬で鮮やかによみがえる。



耳に心地よく響く声。
徐々に近づいてくる人影が持つのは太陽そのもののような、未音が何度も夢に見たまばゆい金髪。

差し伸べられた手に絡みつく金の光。
駆け出さない理由はどこにも無かった。




「昴!?」



ひざに乗せていた本が落ちるのも気にせずに、人影に――――昴に向けて勢いよく走り出す。
もうわずかな距離しかなかったが、それすらももどかしい。
押し倒してしまうのではないかと思うほどの勢いで抱きついたが、昴はよろめくことすらもせず未音をしっかりと受け止めてくれた。



「待たせたな、未音」
抱きしめられて耳元でささやかれる。
伝わってくる体温がこれが夢ではないことを示していて、未音の瞳から自然と涙がこぼれた。



「遅いよ、昴」
「悪い」


生真面目に謝罪をされて、未音の表情が泣き笑いのようになる。
そっと涙をぬぐってくれていた指があごへとかけられて、わずかに上向けられた。



三年前よりも高い位置にあるような気がする瞳は、以前よりも深みを増していた。
表情からも時折覗かせていた子供っぽさが抜け、完全な大人になった昴がそこにいる。



「俺たちの運命、ちゃんとあったみたいだな」


いろいろなところが確実に変化している昴だったが、この声は変わらない。
未音の耳に何よりも心地よく響く低い声。ずっと求めていた声が自分を呼んでくれる幸せをかみ締めながら、ゆっくりと瞳を閉じた。



ふわりとしか表現ができないような優しい口付けの最中、未音も昴も考えていることは一緒だった。





これこそが、二人に与えられた運命なのだと。





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